日記 2010年11月下旬

【2010/11/29(月)】

 顎痛は日にち薬で漸く治まって来ている。それは全く嫌だった。

 昨日26:30位まで漫画を読みながらちびちびと酒を飲んでいた、8時過ぎに一旦目が覚めたときには頭痛がした、用を足してそこから2時間寝たら頭痛は取れていた(若干酒は残っているが)、最近ちょくちょく酒を買っているな(発泡酒350ml・6缶セットの奴)。
 発泡酒だから量を飲まないとそんなに酔う感覚はないし、飲まないなら飲まないで良いと言う気はする。どうも飲酒に対して観念的・習慣的欲求があるのかな。少量を飲んでいるだけだから、娯楽は娯楽だが。

 晴れ。若干手先が冷たい。


【2010/11/24(水)】

 晴れ。
 はや12月(!)が見えてきた、昨夜の犬の散歩で住宅地を歩いたら、クリスマスの電球を壁に這わしている家を2軒見付けた。そうした家はこれから一月の間にいよいよ増えるだろう。
 今日は顎痛はマシ。アンロックにさほど手間取らなかったので顎への負担が少なかったからだが、手間取るといけない、そしてそう言う日は少なくない。
 朝起きて、読売朝刊一面は北朝鮮と韓国の局地的交戦だった、掲載された写真(戦火に焼かれる町とそれを見詰める現代的装いの韓国市民の後ろ姿)をまじまじと見ると妙に生々しさを感じた、それは一種の戸惑いだった、そこから抽出された不条理感に個人なるものの存在を感じた。(北朝鮮・韓国は国家であり個人そのものではないが)

 僕自身もまた個人なのだよな、がそうであることが難しい。(今僕にあるのは個人未満の自意識と思う)

 昨日みたいなことを考えずに済む人生と言うのも、一応は有り得たと思う、国家試験に通っていれば今頃は病院勤めだったろうし、そうであれば考えることはなかったろう、がそうであっても結局はどこかで躓いたのかな。よく分からない。(国家試験については僕が甘かった、しかし運が良ければ受かっていたと思う)(←みたいのを負け惜しみと言うのだろう)
 前にも書いたが僕はぼんやりしている、物心付いてから十数年にも渡ってそれで何とかなった学校と言う所は、本当に良く出来ていると思う、右から左へ流された。僕の場合子供の頃の人生の意味は学校が大半を占めていたと思う、それは人生の過程として良くなかった、では学校の他に何が有り得たのか、と言う問いは装いを変えて今現在の人生の問題として僕の前に立ち現れている。


【2010/11/23(火)】

 僕にとって「変化のない生活」とは何もせず大人しくしていると言う意味だったな。それは考えることさえ含んでいたと思う。

 引き続き痛い。痛むのは左顎で、右側は普段と変わるところはない。顎を動かしていないと痛みはないし、痛むのは特定の動きをした際である(痛む範囲は少し広がった気がする)。……朝起きたときが一等痛い。
 気休めに湿布を貼っている。

 卓上アロエは枯れずに生きているみたい、数日前に根が生えるであろう辺りを穿ったらそれらしいものがあった。今日は窓際に寄せて置いている。生活に他にめぼしい変化もなく、アロエ観察が日々の楽しみだよ。

 変化のない生活は嫌いではない、ただ僕は何も考えていないだけかも知れない、今のところ人生を持て余している。
 (考えるだけならタダだ)人生を担保するだけの金があれば無職のままでも何か生活は変わるだろうかと考える、変わると思う、不定期な変化を伴った生活が現れると思う、この変化の可能性は今の僕の精神の不自由を指していると思う。

 「変化のない生活は嫌いではない」は欺瞞を含んでいる。

 精神の不自由へのせめてもの抵抗に、これから昼間っから酒飲むよ。(それを生活の変化と言うには余りに小さいが)(今日が平日でなく祝日なのが残念だが)(この企て自体はその貧相さの為に失敗するだろう)


【2010/11/22(月)】

 朝から顎が痛い。(昨日も若干痛かった)